Flaneur, Rhum & Pop Culture
サラバ、『男と女のサンバ』−サラバ
[ZIPANGU NEWS vol.64]より
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 1972年のカンヌ映画祭でオープニング上映された作品は、クロード・ルルーシュ監督の『冒険また冒険』という映画だった。ボスに扮したリノ・ヴァンチェラ始め、シャルル・デネ、シャンソン界の異端児だったジャック・ブレル等5人組のこそ泥でヘナチョコ小悪党一味が、金になる犯罪を重ねて世界を跳び廻るお話だ。軽薄といえば軽薄の連続の映画なのだが、当時大スター・ミュージシャンだったジョニー・アリディ本人を誘拐して芸能界の悪口を言わせたり、南米やアフリカの砂漠に重要人物を誘拐した無線基地を「こちらマヌー」と言って笑わせる。「マヌー」とは67年のロベール・アンリコ監督の映画『冒険者たち』の、リノ・ヴァンチェラの相棒だったアラン・ドロン扮する名前で、夢果たせず死んでいった「マヌー」を追慕して、監督や原作者のジョゼ・ジョヴァンニに敬意を払っているのがお洒落感覚で表出されているのだ。入手したビデオで36、7年振りに観てしまい、面白かったので思わず初手から話が脇道に逸れてしまったが、この映画の監督は、主人公たちが世界の顔となって大金を射止めたように、66年のカンヌ映画祭で、『男と女』が史上最年少グラン・プリ監督を射止めたクロード・ルルーシュだった。29歳の彼はいきなり億万長者となって、“映画界のボナパルト”と呼ばれた。
 スタントマンの夫を事故で失った女(アヌーク・エーメ)と、妻を自殺させた男(J・L・トランティニャン)が寄り添い別れる心の在り処を、赤やブルーやセピアのモノクロームとカラーで使い分けたり、雨や車のワイパーの絶妙な使い方など、映像の斬新さが観客を引きつけた。と同時に哀愁を帯びた劇中音楽も映画以上に大ヒットした。映画でスタントマン役と主題歌始め劇中歌を歌っているのがピエール・バルーだった。彼は彼で国際女優アヌークとの結婚の勢いもあったか、音楽レーベル「サラヴァ」を起ち上げ、前号の当欄で触れたブリジッド・フォンテーヌや、世界の人気者ジョルジュ・ムスタキなどを抱えて世界的になっていった。
 時代はめくれて88年の春、当時から清水靖晃らを抱えていて馴染みだったヨーロッパに明るい企画制作会社プランクトンから電話があった。「ピエール・バルーが来るんだけど、『ロマーニッシェス・カフェ』で演らせてくれまいか?」という用件だった。『海へ See You』(監督蔵原惟繕・脚本倉本聰・主演高倉健)という『冒険者たち』や『男と女』に続く又もやレーサーの映画が出来て、そのプロモーションで音楽監督をやったピエールがお忍びでライブを演りたいということだった。後に映画は観たが、何日もかかるパリ〜ダカール・ラリーを追った3時間の長尺映画は冗長なだけで辛抱出来る代物では無かったが、ここではそんなことどうでも良い。4月8日はやってきた。出演はピアノ・キーボードの千野秀一と映画の音楽を共同担当して出演もしているギター・トランペットの宇崎竜童だった。やがて主役のピエールが現われ、客席の椅子の配置に注文をつけてすぐ直してくれと言った。そんな事常日頃気を付けている俺なのに、その夜は混み合うことを気にして、椅子を列にしてきちんと並べてしまったのだった。さすがカフェ文化の先端都市の申し子は見逃さなかった。急遽バラして配置替えして事なきを得たが、こうしたことは経営者の店の考え方、ひいては思想に言及することなので冷や汗を拭うばかりだった。そしてライブは始まった。
 坂本龍一など多くの日本ミュージシャンと共演したアルバム『花粉(ポーレン)』などがあった後は、やはり『男と女』だ。ダバタバダのメイン・テーマではなくて、「悲しみのないサンバを踊るのは、ただ美しいだけの女を愛するのと同じこと」という詩人で歌の作者のビニシウス・ジ・モラエスの言葉を受けて、歌い語るピエールの『男と女のサンバ』は余韻を残して止まない。“フランスで最もブラジル人的なこの私は、歌うべきはサンバ・シャンソンなのだ。ジョアン・ジルベルト、カルロス・リラ、ドリバル・カイミ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ビニシウス・ジ・モラエス、バーデン・パウエル―サラバ、サラバ…”男と出会った女には、歌手でもあった死んだ男の愛の思い出が取り付いて離れなかった。