Flaneur, Rhum & Pop Culture

『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』はやって来ないよ
[ZIPANGU NEWS vol.132]より

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 1月20日過ぎのNHK-BSのワールド・ニュースで、『Selma』と題したアメリカ映画が、数年前に製作中止になっていたが、やっと完成したらしいという映像が流れた。不用意だったので一瞬のことだったが、かのアメリカ黒人の公民権運動の指導者だったキング牧師こと、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの自伝映画だったので、後日、映画会社やホットニュースで調べてみると、既にアメリカで封切られていて、2015年1月23日現在、全米興行収入2位の成績だった。ニューヨークのアフリカ系アメリカ人の指導者たちが、若い層にキング牧師のメッセージを伝えようと基金を立ち上げ、公立学校に通う2万7千人の生徒たちに無料で映画を観られることにしたらしい。
 圧倒的な人種差別に虐げられていた1960年代の黒人にとって、偉大な黒人指導者だったキング牧師の映画化は、数年前から話題になっていたが、この『Selma』の他にも、1968年4月4日の遊説中にテネシー州メンフィスで白人の銃弾で倒れた事実から、その1日に絞った映画『メンフィス』(未完成)があり、二本とも製作費が集まらなかったり、中途で問題が派生したり、プロデューサーや監督や俳優が激しく入れ替わったりした。そのほとんどの理由は、生前から死後、FBIが彼が若い女性の何人とも不倫した情報を流したために、そこに映画で触れるとか触れないとか、いずれにしても<聖人>キング牧師にとっては致命的なことだった。盗聴や監視に超絶技の世界の公安FBIにとって、このくらいの策略は簡単なことだろうが、俺には事実は不明のままだ。ともかく数年後の現在、監督:エヴァ・デュブルネ、キング牧師役はイギリスの俳優デヴィッド・オイェロウォの『Selma』が今、アメリカを揺るがしていて、更に拡がって行きそうな勢いのようだ。
 60年代はアメリカがベトナム戦争を泥沼化&長期化させたのを背景に、世界の政治・宗教・文化が割れて、高校大学時代の俺にとっても、殆ど反芸術、カウンター・カルチャーが価値だった。アメリカの黒人運動の炎も激しく燃え上がり、非暴力抵抗運動の清廉潔白なキング牧師とは反発し合った、アフロ魂の異端の指導者がマルコムXだった。教会牧師の父は兄弟が3人白人に殺され、秘密結社KKKに家も焼け出された。マルコムが6歳の時、汽車に轢かれて死んだが自殺か他殺か今も謎のままだ。母は白人に強姦されて生まれた混血だった。そんな彼は12歳で酒と麻薬と賭博を憶え、17歳でハーレムの悪漢ハスラーとして暗黒街の顏になっていた。10年の刑で出所後、「ネーション・オブ・イスラム」の指導者イライジャ・ムハンマドを師として入信した。統率力、行動力に長け雄弁なマルコムは、一躍黒いカリスマになっていった。

 1993年1月21日は、当時闘う黒人文化のリーダー的存在だったスパイク・リー監督の新作、『マルコムX』の有楽町スカラ座で行われたプレビュー試写だった。大手洋画配給会社UIPの友人だった故・高橋美子に呼ばれた。上映時間3時間21分、製作費41億円の大作は、輝くばかりの光と影を放った。白人を白い悪魔と呼び、黒人にも「コーヒーに白い砂糖は良く混ざる」と挑発する、デンゼル・ワシントン扮するマルコムXの台詞は、スパイク・リーの発言でもあることが、画面から伝わって来た。
 TVのシーンで黒人のドクターとの会話のシーンが面白い。ドクター「何故、黒人至上主義と憎しみを説くのか?」、マルコム「狼が何故私を憎むのかと羊に尋ねますか?女を犯して、俺を憎むのかと尋ねるのと同じです。白人にそんな質問をする権利があるのか?」、ドクター「私は黒人だ」、マルコム「博士号や学位をもらった黒人を何と?奴隷には<家働き>と<野良働き>の区別がある。<家働き>は大きな家に棲み服と食事があてがわれ、主人を愛しているニガーが今大勢居る」と言って<アンクルトム的>黒人指導者を攻撃する。俺が一番最初に自分の金でLPを買ったのはハリー・ベラフォンテだったが、その彼が後年、ブッシュ政権時代のパウエル長官やライス長官を「ご主人様に仕える奴隷」と言って問題になったのと同じ言い方ではないか。サム・クックが歌う『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』が流れて、<尊厳と恐れ>を抱いた演説会場の1965年2月、銃弾を13発浴びて暗殺された時、「マルコムXの暗殺は悲劇だ。世界にはまだ、暴力で物事を解決しようとしている人々がいる」と語ったキング牧師も、3年後の1968年4月白人の凶弾に倒れた。
 去年も数件、白人警官に黒人が殺された事件があって、何故か裁判で警官は無罪になっている。あの衝撃のロドニー・キング暴行事件から50年経っても、アメリカは不思議な不条理劇が生まれる所、共に39歳で死んだ二人が彼の地で、「黒と白を分離しろ」の命題を巡って、未だ揉めている気がしてくるのだ。