Flaneur, Rhum & Pop Culture
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想像してごらん、他国の空を
[季刊・映画芸術にて連載中]

VOL.7
 〈お家安泰の世、時は慶安四年、生まれながらのお坊っちゃま将軍家光の城に、こともあろうか青天の霹靂自爆テロが突撃し、天守閣は木端微塵、おのれここを何処と心得てか! 驚天家光、素早く天下のご意見番大久保彦左に命を下す。“テロッたなぁ誰でぃ!”“がってんでぃ!”とはしゃぎ出でたる長屋の一心太助、お庭番をイージス艦で偵察させると、駿府界隈の山岳に陣を築きし由井正雪が、丸橋忠弥を抱き込んで天下転覆を企てたとさ。積年の怨念と圧政の世直しで蜂起すれど、持てる者と持たざる者の力の違い、江戸、駿府、京都、大坂の同時多発テロは脆くも未然に潰えし。江戸城陥落の炎を瞼に焼けつけ忠弥は磔、正雪は自刃に果てる。ぬぬっ、家光に知恵伊豆がついておったとは!(抄)立川文庫でご存知の異聞慶安の乱の一席!〉と、二〇〇二年の新年会の余興を考えたのだが、因みに配役は、家光は勿論ブッシュ、彦左はショー・ザ・フラッグのアーミテージ、松平伊豆守は好戦家ラムズフェルド、忠弥がオマール師で正雪がビンラディン師、そして幇間一心太助は小泉純ちゃんと、現代の肖像勢揃い。
 メディアも人間も交錯している。アフガン戦況と世界情勢を伝えるメディア報道が、米四大ネット局のおこぼれ頂戴の翼賛ニュースではお話しにならない。対岸を眺めるとこんな記憶--- 一九九一年の湾岸戦争は、初めてお茶の間の衛星放送で観る解説付き実況生中継だった。軍事評論家がえらく出てきて、パトリオットやエグゾゼ、スカッドのミサイル性能を語り、結果、爆撃による油まみれの水鳥をシンボライズした米軍の情報戦略もあって、多国籍軍(米軍)の死者百二十六人、イラクの死者二十万人で終結した。グローバル・ポジショニング・システムを駆使したピンポイント爆撃の威力だった。余談を言えば、日本は多国籍軍総費用の二十%に当る一兆八千億円を負担し、クエートが米紙に出した感謝広告の三十ヶ国にも入っていなかった。
 事の次第を簡単に言えば、前回が石油なら今回は天然ガスだ。輸送ルート確保のためアメリカは、CIAをビンラディンに接近させて組織したタリバンを強化援助、対ソ連アフガン戦争を勝利した後裏切ったという、単にエネルギー源欲しさの物取りから発している訳だ。宗教や政治はそれを補填する後付けにすぎないが、覇権主義の重要課題はそこだ。
 詩人アンリ・ミショーは「音楽と呼ばれるある現象」で、次のように言っている。「………幾何学、壁、醜悪、無数の望ましくないものがあふれている地球をもう一度おおう為に、音の快い洪水が戻ってくる。地球はごみごみしていて、消滅させるには少なくとも三つの大戦争と革命が必要であろうが、この単純でおどろくべき音のおおい程には、うまくそれができないであろう」
 世界貿易センタービルの崩壊の数日後、全米千二百のラジオ局を束ねるクリア・チャンネル社は、R・ツェッペリンやP・フロイド、B・ディランなど百五十曲と共に、ジョン・レノンの「イマジン」の放送規制を申し渡したが、リクエストも一番多く何とニール・ヤングは全米生放送ライブで「イマジン」を歌った。評論家の坪内祐三は「『イマジン』で描かれる世界と、例えば、相田みつをが描く世界との違いがわからない」と書いてあった。
“想像してごらん 国家なんてないってことを 殺しあうことなんて 宗教だってないんだ”---そりゃそうだ、俺も判らない。愛と平和のノー天気ソングじゃ、空爆の嵐にド肝抜くクラッター弾とディジー・カッター弾だよ、自爆テロの犠牲者の癒しになってもアフガンの空には届かないだろう、想像してごらん。そして〈歌詞もコンセプトもヨーコの方から出ている〉めずらしく厭なことを思い出した。
 九五年八月六日、ヒロシマ忌五十年の早朝NHKテレビの「広島の空」と題した、ヒロシマの風景にオノ・ヨーコが声を重ねた番組だった。唸りから始まり霊媒師?のようになって叫び続ける、それだけの十分、だがリトル・ジョン一発で三十万人の死者と現に原爆病と戦い続ける患者への冒涜の十分だった。
「イマジン」嫌いのブッシュは議員全員で「ゴッド・ブレス・アメリカ」の合唱で対抗した。“神よアメリカに祝福を”---笑っちまうね、追悼歌というよりも不可侵神話が崩された報復戦争の進軍歌のようだ。
 斯して、ミショーの言説やはるか遠き。
 新年早々『地獄の黙示録/特別完全版』が公開されるが、オリジナル版が封切られた七九年の同年に、『ローリング・サンダー』(ジョン・フリン)『帰郷』(ハル・アシュビー)『ドッグ・ソルジャー』(カレル・ライス)に続いてベトナムを深く抉った『ディア・ハンター』があった。監督はこれが二作目の三十七歳マイケル・チミノ。ペンシルバニア州の小さな鉄鋼町クレアトンの夜が明ける。溶鉱炉の火のアップはいきなりベトナムの火炎を想起させる。撮影はハンガリー出身のヴィルモス・ジグモンドだ。夜勤を終えたスラブ共同体の主人公達は仲間の経営する吹き溜りの酒場へ直行する。その夜の志願兵三人の出兵祝いを兼ねた結婚式から、最後の鹿狩りの儀式まで一時間半! いきなりアメリカの敗色濃い泥沼化した(六八年)ベトナムでベトコンに拉致、ロシアン・ルーレットの拷問を受ける。最後は例の酒場で死んだ仲間の鎮魂歌「ゴッド・ブレス・アメリカ」の歌が響いて終る三時間、アメリカになろうとしたロシア系移民のアメリカへの挽歌が重く残った。
 そして今、あのシュトックハウゼンに、唯一の真理ともいえる「人の手による最高のアート」と言わしめたビル崩壊に呪縛され、街中に翻る星条旗の下、タワーレコードの棚にずらりと並ぶ「ゴッド・ブレス・アメリカ」の愛国心の矛先は、アフガンの次はソマリア、イエメン、スーダン、イラク、フィリピン……。