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米の飯と天道様は何処へ行っても付いて回る
VOL.86

 故郷を偲ぶのは何も山や川だけではない。敗戦数年後の広島駅の一つ手前の矢賀駅は、都会に吐き出すヤミ米の絶好の集積地だった。プロの担ぎ屋が下車すると、隠れていた巡査が一斉に逮捕する、その繰り返しの日々。だがM君ン家の大きな倉にはいつもぎっしりと米が隠されていたー全国米争奪戦で荒れる今秋の狂乱の最中、当時とは比較にならぬ程の米絶対量はあるのだ。ヤミ米が横行し札ビラ切って農家に押しかければ、減反を強いたお上やお先棒の農協の声には耳を貸さない。元よりザル法の食管法、高い銭のヤミ屋を相手にするだろう。更に安い多用途米(酒、醤油、酢等)の奨励に喜ぶ農家がいるのだろうか!? 米の無くなった青森の醸造元は酒造りを中止した。騙し続けた農政は、20万屯の多用途米輸入を決定、凶作に乗じて更に騙そうと計っているようだ。
 「お天道様相手の農家で、米の生産高を国民の需要にぴったり合わせることなど至難の業だ。ならば過剰の方が国民にとって安心のはず」と農民作家の山下惣一さんは憤る。「米自由化論者は死ね」と、嵐山光三郎は更に厳しい。冷害で荒れた田は修復できるが、人心の冷害は修復可能か?

(コメトショウユ派)

(1993.9記)