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画竜点睛を欠く
VOL.81

 本格的、木の芽吹き、水ぬるむ5月15日、新たな歴史Jリーグが開幕した。六万観衆、ヘリ、レーザー光線が飛び交う光と音のセレモニーの仰々しさに鼻白みがちになりながらも震えがあった。川淵チェアマンの開会の声は震え、日本リーグ結成以来、28年間負け続けたサッカー協会の役員の顔は涙で濡れ、ファン(サポーター)は熱く騒ぐ中、現役最年長に入る横浜マリノスの木村の勇姿があった。数年振りに復活したかつての日本代表のセットプレーのエースはこの日の為に35才の躯を改造していたのだ。真の感動は、早過ぎた貴公子が自らの力で獲った非日常の現場への執念をみた時にやってきた。9年前、日本でプロ1号になった男の誇りが待っていたのだ。
 思うに、今迄日本のスポーツは、教育の下でしごかれ、規制され、スポーツ本来の快感を奪われてきた。プロになっても自主性は許されず、集団の論理をチェックされ、<正しいスポーツ>を管理統制されている。スポーツ文化は創造と快楽で、教育は知識と政治だ。教育を司る文部省がスポーツ文化を管轄する体制が何故問題にならないのか? 元々、サッカーは足を使うという非日常性にあり、故に自由自在性がある。今の波を期に、スポーツ文化省の独立設置を考えてみては?

(コック・サッカー)

(1993.4記)