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銭は大処に帰し、水は窪に帰す
VOL.72

 7月5日、ブエノス・アイレスで、「ヌエボタンゴ(新タンゴ)」の開拓者アストル・ピアソラが逝った。享年71才だった。
 亡命監督のF・E・ソラナスが、'85年パリで撮った映画『タンゴーガルデルの亡命』は、軍事クーデターで追われたアルゼンチーナ達の故国への想いと不安と焦燥を描き、軍政崩壊後の帰国第一作『スール』('88)は、釈放された政治犯が妻子の元へ帰還する迄の過去への幻想の旅である。ーこの二本の狂喜する映画に全編流れるピアソラ・タンゴの蒼然とした艶っぽさは、肉欲をこえて哀切の恍惚感と生命感に満ちている。
 '55年提唱した彼の「ヌエボ・タンゴ」は、母国では理解されず、'82年、'84年とキンテートで来日、'86年圧倒的アルバム『ゼロ・アワー』を発表、'88年ミルバとの来日を最後にその健在振りの姿を消した。
 ピアソラは云う。「最も軽蔑するのは、いつもいつも同じことをやることだ」と。進取的産物である限り、一部の人達のみしか、圧倒的感動を共有できない事は自明の理であるが、それにしても37年間であるー日本のジャーナリズムの無知と偏見かー新聞死亡記事欄の数行でしか知れないとは。

(花より団子ッ子)

(1992.7記)